温めると縮む「負熱膨張物質」 鉛を使わず6.1%の体積収縮

多くの物質は、温めると膨らみます。

ところが、反対に温めると縮む物質もあります。「負熱膨張物質」と呼ばれる材料です。

東京科学大学などの研究チームは2026年9月4日、鉛を含まない新しい負熱膨張物質を開発したと発表しました。温度によって結晶構造が変化し、最大6.1%の体積収縮を示します。

研究チームによると、これは鉛を含まない負熱膨張物質として、これまでに観測された中で最大の体積変化です。研究成果は9月3日、学術誌『Advanced Science』でオンライン公開されました。

目次

負熱膨張とは?

物質を温めると、内部の原子や分子の動きが活発になります。

その結果、原子同士の平均的な間隔が広がり、物質全体の長さや体積が大きくなるのが一般的です。これを「熱膨張」といいます。

夏の鉄道レールに隙間が必要なのも、橋に伸び縮みを吸収する継ぎ目が設けられているのも、熱膨張への対策です。

一方、負熱膨張物質は、一定の温度範囲で温めると縮みます。通常は膨らむ材料と組み合わせれば、互いの体積変化を打ち消せる可能性があります。

わずかな熱膨張が精密機器では問題になる

日常生活では気にならないほど小さな熱膨張でも、精密機器では問題になることがあります。

たとえば半導体の製造装置や光学機器では、部品がわずかに膨らむだけでも位置がずれ、測定や加工の精度が低下する可能性があります。

異なる材料を接合した部品では、それぞれの膨らみ方が違うことで内部に力が加わり、変形やひび割れにつながることもあります。こうした熱による変形を抑える方法の一つとして、負熱膨張物質が研究されています。

コバルト酸ビスマスの一部を別の元素に置換

研究チームが開発したのは、コバルト酸ビスマスをもとにしたペロブスカイト型酸化物です。

ペロブスカイト型とは、複数の元素が特定の規則に沿って並んだ結晶構造の呼び名です。ペロブスカイト太陽電池にも同じ名前が使われますが、今回の酸化物とは組成や用途が異なります。

研究チームは、コバルト酸ビスマスに含まれるビスマスの一部を、ネオジムなどのランタノイド元素で置き換えました。化学式では「Bi₁₋ₓLnₓCoO₃」と表され、Lnはランタノイド元素を意味します。

このうち、ビスマスの18%をネオジムで置き換えた「Bi₀.₈₂Nd₀.₁₈CoO₃」が、6.1%の体積収縮を示しました。

この6.1%は、温度を少し上げた瞬間に縮む割合ではありません。500~700K、摂氏では約227~427℃で測定された、構造転移に伴う平均結晶体積の変化です。

合成には高圧条件が使われましたが、負熱膨張そのものは常圧で温度を上げたときに観測されました。

原子の組み替えによって大きく縮む

なぜ、この物質は温めると大きく縮むのでしょうか。

研究チームは、大型放射光施設「SPring-8」の強いX線などを利用し、温度を変えながら結晶構造を調べました。

低温側では、コバルト原子の周囲に5個の酸素原子が配置され、「CoO₅ピラミッド」と呼ばれる形を作っています。

温度を上げると原子のつながり方が組み替わり、コバルト原子を6個の酸素原子が囲む「CoO₆八面体」へ変化します。酸素原子が新たに増えるのではなく、コバルトと周囲の酸素との結合関係が変わります。

このように結晶構造そのものが別の構造へ移る現象を「相転移」といいます。今回の材料では、化学結合の切断と再形成を伴う再構成型相転移が起きます。

その際に結晶がより詰まった構造へ変わり、物質全体の体積が減少したと研究チームは説明しています。

なお、Bi₀.₈₂Nd₀.₁₈CoO₃では相転移が完全に終了したわけではありません。高温側の構造が占める割合は40%から92%へ増え、その結果として平均結晶体積が6.1%減少しました。

「過去最大」は鉛を含まない材料の中での記録

今回の6.1%は、すべての負熱膨張物質を含めた最大記録ではありません。

過去には、鉛を含むバナジン酸鉛系の物質で、9.3%の体積収縮が報告されています。しかし、鉛には毒性があるため、製品への利用や廃棄を考えると使用量を減らすことが求められます。

今回の成果の新しさは、鉛を使わない物質でありながら、6%を超える大きな体積収縮を実現した点にあります。

冷やすと完全に元へ戻るとは限らない

温めたときに縮むだけでなく、冷やしたときに元の構造へ戻るかどうかも、材料を繰り返し利用するうえで重要です。

研究チームは、温度を下げると高温側の構造から低温側の構造へ戻る、逆向きの相転移が起きることを確認しました。

Bi₀.₈Pr₀.₂CoO₃は、最初の加熱・冷却サイクルでは元の相割合に完全に戻りましたが、2回目は完全には戻りませんでした。また、多くの組成で高温側の構造が一部残りました。

研究チームは、相転移自体は本質的に可逆的であり、結晶内部の微細な領域やひずみなどが、元に戻りにくくなる原因だと考えています。繰り返し利用に向けては、可逆性の改善が必要です。

すぐに半導体へ使える材料ではない

今回の研究で主に検証されたのは、結晶構造の変化と負熱膨張の仕組みです。実際の部品への組み込みや量産性を実証した研究ではありません。

実用化を考える場合には、高圧合成を含む製造方法や加工性、ほかの材料と組み合わせたときの性能などを確認する必要があります。温度変化を繰り返したときの耐久性や、実際の部品で狙った方向へ変形を抑えられるかも重要です。

研究チームは今後、電子顕微鏡やX線イメージングなどを使い、結晶内部に生じる微細な領域を詳しく調べるとしています。

熱による「ずれ」を材料で打ち消す

今回開発された物質は、鉛を含まない材料で6.1%という大きな体積収縮を示しました。

通常の材料と適切に組み合わせれば、半導体製造装置や光学機器、光通信機器などで、温度変化による寸法のずれを抑える材料につながる可能性があります。

ただし、今回確認されたのは材料の合成と負熱膨張の仕組みです。実用的な部品として使うには、製造方法や耐久性、複合材料としての性能をさらに調べなければなりません。

温めると膨らむ材料と、温めると縮む材料。正反対の性質を組み合わせ、温度が変わっても寸法がほとんど変わらない材料を作る。その実現に向けた新しい候補が示されました。

情報源・参考資料

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