人間なら短時間でも危険になるような、60℃を超える高温。
そんな環境でも、ただ生き残るだけでなく細胞分裂して増殖できるアメーバが見つかりました。
米シラキュース大学などの研究チームが発見した新種、Incendiamoeba cascadensis(インセンディアモエバ・カスカデンシス)です。
研究チームは、このアメーバが63℃でも細胞分裂して増殖できることを確認しました。これまで真核生物が増殖できる最高温度は約60℃とされていたため、既知の記録を更新したことになります。研究成果は2026年9月22日、科学誌『Cell』に掲載されました。
名前は、おおよそ「カスケード山脈の火のアメーバ」という意味です。
では、わずか3℃の記録更新が、なぜそれほど重要なのでしょうか。
63℃でも「生き残る」だけではなく増殖する
極端な高温に一時的に耐える生物は、これまでも知られています。
しかし、
生き残れる温度
活動できる温度
増殖できる温度
は同じではありません。
今回のアメーバでは、63℃で細胞数が増え、有糸分裂も実際に観察されました。64℃になると増殖は止まりますが、まだ移動することができます。
さらに温度を上げると、結果は次のようになりました。
| 温度 | 「火のアメーバ」の様子 |
|---|---|
| 55~57℃ | 最もよく増殖 |
| 60℃ | 安定して増殖 |
| 63℃ | 細胞分裂して増殖 |
| 64℃ | 増殖は止まるが運動可能 |
| 70℃ | シストを形成し、5分間の曝露後でも回復 |
| 80℃ | 曝露後に回復できず |
NASAによると、70℃では5分間さらした後に温度を下げると回復しました。一方、80℃への曝露からは回復できませんでした。
今回の記録として重要なのは70℃ではありません。
63℃で生命活動のサイクルを続け、実際に増殖できたことです。
そもそも「真核生物」とは?
この記録が注目される理由を理解するには、「真核生物」という言葉が重要です。
地球上の細胞生物は、大きく見ると原核生物と真核生物に分けられます。
細菌や古細菌は原核生物です。
一方、真核生物の細胞にはDNAを収める核があり、さらにミトコンドリアなど膜で区切られた細胞小器官を持っています。
人間を含む動物、植物、菌類、そして今回のアメーバも真核生物です。
つまり火のアメーバは単細胞生物ですが、細胞の基本構造という点では私たち人間と同じ真核生物のグループに属します。
なぜ真核生物は高温に弱い?
高温になると、細胞の中ではさまざまな問題が起こります。
タンパク質は立体構造が崩れやすくなり、細胞膜の性質も変化します。DNAの複製や修復にも影響が出ます。
真核細胞ではさらに、核やミトコンドリアなどの膜構造を維持しなければなりません。
これまで、一部の菌類や紅藻が約60℃で増殖することは知られていましたが、60℃を超えて安定して増殖する真核生物は確認されていませんでした。 理論的には、細胞小器官の膜の安定性などから62℃付近が限界ではないかという考えもありました。
ところが今回、その境界を63℃まで超える真核生物が実際に見つかりました。
発見場所はカリフォルニアの地熱地帯
このアメーバが見つかったのは、米カリフォルニア州のラッセン火山国立公園です。
研究チームは2023~2025年にかけて、Hot Springs Creekにつながる地熱地帯を調査しました。
アメーバが分離された支流の温度は約49~65℃、pHは6~7でした。
研究室で培養して温度を変えながら調べると、42℃から増殖し始め、55~57℃付近で最もよく増え、63℃まで増殖可能であることが分かりました。
つまり、この生物にとって高温は「我慢する環境」ではありません。
高温そのものを好む好熱性の真核生物なのです。
さらに高温では「シスト」で耐える
63℃を超えると、通常の増殖はできなくなります。
より厳しい高温では、アメーバはシストと呼ばれる耐久性の高い状態へ変化します。
シストになると通常の活動を抑え、厳しい環境をやり過ごすことができます。
70℃への5分間の曝露後にも回復できたのは、このような状態への変化が関係すると考えられています。
つまりこのアメーバには、
高温でも増殖する仕組み
と、
さらに高温になったら活動を止めて耐える仕組み
の両方があることになります。
高温に耐える仕組みもゲノムから見えてきた
研究チームは I. cascadensis のゲノムも解析しました。
比較ゲノム解析では、他のアメーバと比べて、タンパク質恒常性(プロテオスタシス)、ゲノムの安定性、外部環境の感知に関係する遺伝子が豊富であることが分かりました。
また高温条件では、タンパク質を正しい形に保つ「折りたたみ」に関係する遺伝子などの働きが高まっていました。NASAはDNAを安定に保つ仕組みに関係する遺伝子についても説明しています。
さらに一部のタンパク質には、表面に強い正の電荷を持つ特徴がありました。
似た特徴は、高温環境に適応した一部の細菌や古細菌にも見られます。
ただし、これらの特徴が「この遺伝子があるから63℃で生きられる」と因果関係まで証明されたわけではありません。
複数の仕組みが組み合わさって耐熱性を作っている可能性があり、その詳しい仕組みは今後の研究課題です。
それでも「生命の最高温度」ではない
今回更新されたのは、真核生物が増殖できる最高温度の既知記録です。
地球上の生命すべての記録ではありません。
細菌や古細菌には、さらに高温で増殖する生物が知られています。
代表例の古細菌 Methanopyrus kandleri は、20 MPaの高圧条件下では122℃でも細胞増殖できることが報告されています。
それでも今回の63℃が重要なのは、核やさまざまな細胞小器官を持つ真核細胞という複雑な構造が、どこまで高温で維持できるのかという別の問題だからです。
63℃が絶対的な限界とは限らない
今回の研究から言えるのは、
真核生物が少なくとも63℃まで増殖できる
ということです。
63℃が絶対的な限界だと証明されたわけではありません。
研究チームは世界各地の公開DNAデータも調べ、ニュージーランドや米国イエローストーンなどの地熱環境から、Incendiamoeba に近いと考えられる遺伝情報を見つけています。
まだ培養されていないだけで、さらに高い温度で増殖できる近縁生物が存在する可能性もあります。
今回の発見は生命の限界そのものだけではなく、
「真核生物はこの温度にはいないだろう」という研究者側の前提
も見直すきっかけになっています。
宇宙に生命がいる証拠ではない
NASAも今回の研究を支援しています。
極限環境で生きる生物を調べることは、地球外生命を研究する宇宙生物学(アストロバイオロジー)にも関係するからです。
生命が耐えられる温度範囲がこれまで考えていたより広ければ、他の天体で「生命が存在できる環境」を考える際の条件も少し変わります。
ただし、
火のアメーバが見つかった=宇宙にも同じような生命がいる
という意味ではありません。
生命には温度だけでなく、水、圧力、酸性度、エネルギー源、栄養などさまざまな条件が必要です。
今回の発見が広げたのは、あくまで生命が耐えられる条件について私たちが知っている範囲です。
「たった3℃」が意味するもの
従来の記録は約60℃。
今回の記録は63℃。
差はわずか3℃です。
しかし、生命の限界を調べる研究では、この数℃が重要です。
今回のアメーバは63℃で一時的に耐えただけではありません。
食べ、動き、細胞分裂し、新しい細胞を作ることができました。
一方で64℃になると増殖できなくなり、さらに高温では休眠状態に切り替わります。
つまり生命の限界には、一つの境界線だけがあるわけではありません。
増殖できる限界、活動できる限界、生き残れる限界はそれぞれ違う。
今回の「火のアメーバ」は、その境界を具体的な数字として見せてくれました。
「生命はどこまで生きられるのか」。
その答えは今回、真核生物について少しだけ熱い側へ広がりました。
情報源・参考資料
- Rappaport et al., Cell (2026), “A geothermal amoeba sets a new upper temperature limit for eukaryotes”
- NASA, “NASA-Funded Research Finds Complex Life Defying Record Heat”
- Syracuse University, “Pushing Life’s Thermal Limits”
- Takai et al., PNAS (2008), “Cell proliferation at 122°C and isotopically heavy CH4 production by a hyperthermophilic methanogen under high-pressure cultivation”
