全固体電池の性能を左右する「固体電解質」は、どのように作ればリチウムイオンを通しやすくなるのでしょうか。
北海道大学などの研究グループは2026年8月31日、固体電解質の候補である「Li₃PS₄」について、イオンを通しやすい結晶構造を急速な加熱によって作り、室温でも保持できる仕組みを解明したと発表しました。
本来、この結晶構造は480℃以上でしか安定しません。ところが、材料を急速に加熱してから冷やすと、室温でも残すことができます。
研究グループは計算科学とSPring-8による測定を組み合わせ、ナノサイズの小さな結晶では通常とは異なる安定性が生まれることを突き止めました。
ただし、今回の成果によって新しい全固体電池が完成したわけではありません。
固体電解質の結晶構造を狙って作るための、新しい材料設計の手掛かりが得られた段階です。
全固体電池とは?普通の電池との違い
スマートフォンや電気自動車などには、充電して繰り返し使えるリチウムイオン電池が広く使われています。
リチウムイオン電池の中には、プラス側の「正極」とマイナス側の「負極」があります。充電や放電の際には、リチウムイオンが正極と負極の間を行き来します。
その通り道になるのが「電解質」です。
現在広く使われているリチウムイオン電池では、主に液体の電解質が使われています。液体は電極の細かな隙間にも入り込むため、リチウムイオンが移動しやすいという利点があります。
一方、全固体電池では、この電解質を液体ではなく固体にします。名前に「全固体」と付いているのは、正極や負極だけでなく、イオンの通り道も固体で作られているためです。
全固体電池は液漏れしないことに加え、使用する材料によっては、安全性やエネルギー密度を高められる可能性があります。そのため、電気自動車などに使う次世代電池として研究が進められています。
ただし、固体にすれば必ず液体より優れた電池になるわけではありません。
液体は電極の隙間に入り込めますが、固体同士の間には小さな隙間ができやすくなります。接触が悪いと、リチウムイオンが移動しにくくなってしまいます。
さらに、固体電解質の材料によっては、イオンが十分な速さで移動できないこともあります。安定した大量生産や製造コストも課題です。
つまり、全固体電池を実用化するには、リチウムイオンを通しやすく、電極としっかり接触できる固体電解質が必要です。
今回研究されたLi₃PS₄は、その候補となる硫化物系固体電解質です。リチウム、リン、硫黄からできており、原子の並び方によってリチウムイオンの移動しやすさが変わります。
イオンを通しやすいα相は、冷やすと別の構造へ変わる
Li₃PS₄には、α相、β相、γ相などと呼ばれる結晶構造があります。
これは、材料を構成する元素は同じでも、原子の並び方が異なる状態です。原子の並び方が変わると、リチウムイオンの通りやすさも変化します。
このうちα相は、Li₃PS₄の結晶構造の中で最も高いリチウムイオン伝導度を持ちます。つまり、リチウムイオンを比較的通しやすい構造です。
ところが、α相は通常、480℃以上の高温でしか安定しません。
温度を下げると、室温でより安定なγ相へ変化します。γ相はα相よりリチウムイオン伝導度が低いため、イオンを通しやすいα相を室温まで残すことが課題になります。
ここで、不思議な現象が知られていました。
ガラス状のLi₃PS₄を急速に加熱すると、本来は高温で安定するα相が、より低い温度でも作られます。さらに、すぐに冷やす「急冷」を行うと、α相を室温でも保持できるのです。
なぜ急速に加熱するとα相が生まれ、冷やしても残るのでしょうか。
これまで、その仕組みは十分に分かっていませんでした。
ナノサイズではα相が安定しやすかった
研究グループは、原子や電子の状態から材料の性質を計算する「第一原理計算」を使い、Li₃PS₄の結晶構造とエネルギーの関係を調べました。
その結果、α相は、結晶表面が持つエネルギーである「表面エネルギー」が非常に低いことが分かりました。
大きな結晶では、内部の性質が材料全体の安定性を大きく左右します。一方、結晶がナノサイズまで小さくなると、体積に対する表面の割合が増え、表面の性質を無視できなくなります。
α相は表面エネルギーが低いため、ナノサイズの小さな結晶では、480℃より低い中温度域でも安定しやすくなっていたのです。
つまり、
「α相は高温でしか安定しない」
という説明は、大きな結晶では当てはまりますが、ナノサイズの結晶にはそのまま当てはまりません。
結晶の大きさによって、安定する構造が変わることが今回の重要なポイントです。
SPring-8で結晶が生まれる瞬間を追跡
研究グループは計算だけでなく、実際にα相が作られる過程も調べました。
使用したのは、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL13XUです。材料を加熱しながら、「その場X線回折」と呼ばれる方法で結晶構造の変化を測定しました。
物質にX線を当てると、原子の並び方に応じて特徴的な回折パターンが現れます。その変化を追うことで、どの結晶構造が、いつ作られたのかを調べられます。
今回の測定では、1秒より短い時間で起きる変化まで捉えました。
その結果、急速に加熱すると、ナノサイズのα相が優先的に生まれることが確認されました。
さらに、高温で保持する時間を短くして結晶の成長を抑え、すぐに冷やすことで、準安定なα相を室温でも残すことができます。
急加熱と急冷は、単に温度を急激に変えているだけではありません。
ナノサイズではα相が安定しやすいという性質を利用し、結晶が生まれて成長する時間を制御していたのです。
「温度」だけでなく「時間」と「大きさ」が重要
研究グループは、計算と実験の結果から「時間・温度・変態図」、略してTTT図を作成しました。
TTT図は、材料をある温度にどれくらいの時間置くと、どの結晶構造へ変化するのかを示す図です。
材料を作るときは、何℃まで加熱するかだけでなく、その温度にどれくらいの時間置くかも重要です。
今回の研究では、さらに結晶の大きさによる安定性の変化も組み合わせました。
これにより、Li₃PS₄をどのように加熱すればα相が生まれ、どのタイミングで冷やせば保持できるのかを、理論と実験の両面から説明できるようになりました。
こうした考え方は、Li₃PS₄以外の材料にも応用できる可能性があります。
通常の状態では最も安定ではないものの、特定の条件では残すことができる構造を「準安定相」と呼びます。
準安定相の中には、最も安定な構造にはない有用な性質を持つものがあります。しかし、狙った準安定相だけを作ることは簡単ではありません。
温度、時間、結晶の大きさを組み合わせて考えることで、必要な機能を持つ準安定相を選んで合成するための指針になると期待されます。
全固体電池の実用化には、さらに検証が必要
今回解明されたのは、Li₃PS₄のα相が急速な加熱によって作られ、急冷後も残る仕組みです。
α相を使った全固体電池の量産方法が確立されたわけではなく、電池としての性能や耐久性が今回の研究だけで確認されたわけでもありません。
実際の電池へ応用するには、α相を安定して大量に作る方法や、電極と組み合わせたときの性能、充放電を繰り返したときの変化などを調べる必要があります。
一方で、これまで経験的に行われていた急加熱と急冷の意味が、計算と測定によって説明されたことには大きな意義があります。
どの条件で目的の結晶構造が作られるのかを予測できれば、試行錯誤を減らし、固体電解質やさまざまな機能性材料の開発を効率化できる可能性があります。
今回の研究は、完成した電池の発表ではありません。
原子の並び方を、温度だけでなく時間と大きさによって制御する。そのための設計図が示された成果といえます。
