筑波大学、英国ブリストル大学、ピクシーダストテクノロジーズの研究チームは、特殊な超音波ビームを使い、約40cm離れた物体を空中に浮かせることに成功しました。筑波大学と科学技術振興機構(JST)が2026年8月26日に発表しました。
実験で浮かせたのは、直径1.5mmの発泡ポリスチレン球です。
研究チームは、装置の片側から超音波を当てるだけで、物体を安定して浮かせ、三次元的に動かしました。研究チームが比較対象とした従来の片側照射方式と比べ、物体までの距離を約6倍に延ばしています。
また、複数の物体や球形ではない物体、障害物の向こう側にある物体も浮かせられることを確認しました。
ただし、現時点で浮かせられるのは小さく軽い物体です。人や大きな荷物を浮かせられる技術が完成したわけではありません。
研究成果をまとめた論文は、8月24日に物理学の専門誌『Physical Review Letters』へ掲載されました。
音を使って物体を浮かせる「音響浮遊」とは?
音には、空気を振動させる力があります。
私たちが音を聞けるのも、空気の振動が耳へ伝わるためです。
今回使われた超音波も音の一種ですが、人間の耳では聞き取れないほど周波数の高い音です。
超音波をうまく重ね合わせると、空気中に音による力が集中する場所をつくれます。この力を利用して、物体に触れずに空中へ浮かせる技術が「音響浮遊」です。
超音波が物体に与える力と重力がつり合い、さらに物体がずれたときに元の位置へ戻す力が働けば、物体は空中の決まった場所にとどまります。
見えない音の力で物体をつかむため、「音のピンセット」のような技術ともいえます。
従来は物体を装置で挟む必要があった
従来の音響浮遊では、向かい合う二つの音源や、音源と反射板の間に「定在波」と呼ばれる波をつくる方法が主流でした。
定在波とは、向かい合う波が重なり、その場にとどまって見える波です。
この波には、音による圧力変化が小さくなる「節」ができます。従来方式では、周囲を圧力の高い部分で囲まれた節に、小さな物体を捕らえていました。
物体を安定して浮かせられる一方で、音源や反射板の間に物体を置かなければなりません。
そのため、物体を扱える範囲が装置に囲まれた空間へ限られるという問題がありました。
片側から音を当てる方法は距離が課題
装置で物体を挟まず、片側から超音波を当てるだけで浮かせられれば、より開かれた空間で物体を操作できます。
しかし、従来の片側照射方式では、音源から離れるほど物体を元の位置へ戻す力が弱くなります。
さらに離れると、物体を保持するのではなく、音源から押し出す方向に力が働いてしまいます。
研究チームが比較対象とした従来方式で物体を浮かせられる距離は、音源から最大約6.7cmでした。
この距離の短さが、片側から物体を操作する音響浮遊の大きな課題だったのです。
細長く進む「ベッセルビーム」を利用
今回の研究チームが利用したのが、「ゼロ次ベッセルビーム」と呼ばれる特殊な超音波ビームです。
通常の音のビームは、音源から離れるにつれて広がり、中心部分の強さも弱くなっていきます。
一方、ベッセルビームには、音による圧力変化が大きい細い中心部分を、長い距離にわたって維持しやすい特徴があります。
研究チームは、このビームの中心にある高音圧領域へ物体を捕らえました。
従来方式では、おもに音圧が小さい場所へ物体を捕らえていました。今回は反対に、音圧が大きい中心部分を利用したことが重要な違いです。
高音圧領域で物体を安定して浮かせることは理論的に予測されていましたが、研究チームによると、空中で安定した三次元操作を実証したのは今回が初めてです。

最大39.7cm離れた場所で浮遊に成功
実験では、多数の小型超音波振動子を並べた装置から、上向きにベッセルビームを照射しました。
その結果、音源から14.1~39.7cmの範囲で、直径1.5mmの発泡ポリスチレン球を安定して浮かせられました。
最大距離は、研究チームが比較した従来の片側照射方式の約6倍です。
浮かせた物体は、その場に置いておくだけでなく、三次元的に移動させることもできました。
さらに研究チームは、次のような条件でも浮遊を確認しています。
- 複数の物体を同時に浮かせる
- 球形ではない物体を浮かせる
- 超音波の進路に障害物がある状態で、その先の物体を浮かせる
超音波を片側から当てるだけでも、離れた位置にある物体を比較的自由に操作できる可能性が示されました。
壊れやすい試料や危険物の操作に使える?
音響浮遊の利点は、物体へ直接触れずに操作できることです。
たとえば、非常に壊れやすい試料や、ほかの物質による汚染を避けたい試料を扱う場面で役立つ可能性があります。
人が直接触れにくい危険な材料を、離れた場所から操作する用途も考えられます。
研究チームはこのほか、実験作業の自動化や、空中に小さな物体を配置する立体ディスプレーへの応用を挙げています。
片側だけに装置を置く方式なら、反対側を開けたまま使えます。装置を配置する自由度が高まり、研究チームが挙げる実験作業の自動化などにも利用しやすくなると考えられます。
現段階で浮かせられるのは小さく軽い物体
今回の実験で使用されたのは、直径1.5mmの軽い発泡ポリスチレン球です。
約40cmという距離は大きな進歩ですが、さまざまな材料や重い物体を同じように浮かせられると確認されたわけではありません。
実用化を考えるには、どの程度の重さまで安定して扱えるのか、外部から風や振動が加わっても浮遊を維持できるのかを調べる必要があります。
操作の精度や消費電力、長時間使用した場合の安定性、周囲の人や機器への影響なども確認が必要です。
今回の成果は、音の力で物体を浮かせる範囲を大きく広げた基礎的な実証です。
開かれた空間で、離れた物体を触れずに扱う技術へつながるのか。今後の研究が注目されます。
