植物の根の周りには、目に見えないほど小さな微生物が数多く暮らしています。その中には、植物の栄養吸収を助けたり、高温などの厳しい環境に耐えやすくしたりするものもあります。
では、植物に役立つ微生物を上手に組み合わせれば、暑さに強く育ちやすい作物を作れるのでしょうか。
東北大学、京都大学、理化学研究所などの研究チームは2026年9月9日、機械学習を使って、トマトの成長を助ける微生物の組み合わせを予測・設計する手法を開発したと発表しました。
研究チームが設計したのは、6種類の細菌からなる「DMC G2」という微生物群集です。
実験室では、DMC G2とトマト由来の成分「トマチン」を組み合わせると、トマトの成長が促され、高温ストレスへの耐性も向上しました。屋外の畑で行った試験では、DMC G2を与えたトマトの地上部の生重量が増加しました。
ただし、機械学習が新しい微生物を作り出したわけではありません。トマトの根から取り出した細菌の中から、有望な組み合わせをデータに基づいて絞り込んだ研究です。
研究成果をまとめた論文は、2026年8月26日に学術誌『The ISME Journal』でオンライン公開されました。
植物の根にも微生物の集まりがある
人の腸内に多くの細菌がいるように、植物の根の周りや内部にも、さまざまな微生物が生息しています。
根の影響を強く受ける土壌の範囲は「根圏」と呼ばれ、そこに暮らす微生物の集まりは「根圏マイクロバイオータ」と呼ばれます。
植物は根から水や養分を吸収するだけではありません。糖やアミノ酸など、さまざまな化学成分を土の中へ放出しています。こうした成分を利用する微生物が集まり、植物と複雑に影響し合っています。
微生物の中には、植物が利用しやすい形へ栄養分を変えたり、病原菌が増えるのを抑えたりするものがあります。高温や乾燥などの環境ストレスに対する植物の反応を助ける例も知られています。
このため、有用な微生物を農業に活用する研究が進められてきました。
微生物は多く混ぜればよいわけではない
植物に役立つ微生物が見つかっても、1種類だけでは畑に安定して定着せず、期待した効果を発揮できないことがあります。
そこで注目されているのが、複数の微生物を組み合わせた「微生物群集」です。
今回の研究では、含まれる微生物の種類をあらかじめ決めた「Defined Microbial Community」、略してDMCが使われました。自然界の複雑な微生物集団を、限られた種類で単純化して再現した実験用のチームです。
複数の微生物を組み合わせれば、それぞれの働きを補い合える可能性があります。しかし、数を増やせば必ず効果が高くなるわけではありません。
ある細菌同士は助け合う一方、別の組み合わせでは栄養を奪い合ったり、互いの働きを弱めたりすることがあります。植物が根から出す成分や栽培温度によっても、結果は変わります。
組み合わせを一つずつ栽培実験で試すには、膨大な時間と手間がかかります。
機械学習で、まだ試していない組み合わせを予測
そこで研究チームは、機械学習を使いました。
機械学習とは、多くのデータに含まれる傾向をコンピューターに見つけさせ、まだ試していない条件の結果を予測する技術です。ここでいう「学習」は、人間のように意味を理解することではありません。入力した条件と実験結果の間にある統計的な関係を計算で探すことを指します。
研究チームは、トマトの根から分離した9種類の細菌をさまざまに組み合わせました。さらに、植物由来の成分であるトマチンやダイゼインの添加、栽培温度などの条件を変え、トマトがどれくらい成長したかを記録しました。
機械学習モデルには、細菌の組み合わせに加えて、それぞれの細菌が持つ遺伝情報も入力しました。
たとえば、「この細菌とこの細菌が一緒にいて、この温度で育てると、トマトの地上部が重くなりやすい」といった関係をデータから探します。その傾向をもとに、まだ栽培実験をしていない組み合わせの効果を予測しました。
今回使われたのは、文章や画像を作る生成AIではありません。数値データからトマトの成長を予測する機械学習モデルです。具体的には「Elastic Net回帰」と呼ばれる手法が使われました。
細菌の種類だけを入力したモデルより、細菌が持つ遺伝情報も加えたモデルの方が、高い予測精度を示しました。どの細菌がいるかだけでなく、その細菌がどのような働きを持つ可能性があるかも重要だったと考えられます。
6種類の細菌からなる「DMC G2」を設計
研究チームは、作成したモデルを使い、9種類の細菌と植物由来成分の組み合わせを予測しました。
その中から、トマトの成長を助ける可能性が高い組み合わせとして、6種類の細菌からなるDMC G2を選びました。
実験室でDMC G2とトマチンを組み合わせて与えたところ、トマトの成長が有意に促されました。高温条件では、暑さによる成長の低下も抑えられました。
さらに屋外の畑で検証したところ、DMC G2を与えたトマトは、与えていないトマトと比べて地上部の生重量が有意に増加しました。
ここで注意したいのは、高温耐性が畑でも確認されたとまではいえないことです。高温ストレスへの耐性は管理された実験室の条件で、畑ではトマトの成長を示す地上部生重量の増加が確認されました。
トマトと微生物は化学成分を通して関わる?
研究チームは、DMC G2がどのようにトマトへ影響したのかも調べました。
高温条件で育てたトマトの根では、「熱ショック因子」や「熱ショックタンパク質」に関係する遺伝子の働きが強くなっていました。
熱ショックタンパク質は、高温によって形が崩れかけたタンパク質を守ったり、正常な状態へ戻すのを助けたりするものです。植物が暑さへ対応する仕組みの一つと考えられています。
この結果は、DMC G2が、トマト自身の高温への応答を助けた可能性を示します。ただし、どの細菌がどのような順序で遺伝子の働きへ影響したのか、すべてが解明されたわけではありません。
また、DMC G2に含まれる「Sphingobium sp. RC1」という細菌の量は、トマトの成長と強く関連していました。この細菌には、トマトが病原菌や害虫から身を守るために作る成分「トマチン」を代謝する能力があります。
研究チームは、トマトが根から出すトマチンを介した植物と細菌の相互作用が、成長促進に関係している可能性があると考えています。
ただし、細菌の量と成長の間に関連が見つかったことだけで、RC1が単独で成長を促したと断定することはできません。ほかの細菌や植物の反応も含め、さらに検証が必要です。
植物が温度変化に反応する仕組みについては、植物は気温を「覚えている」?開花時期を決める仕組みを解明でも紹介しています。
新しいのは「探す」から「設計する」への変化
これまでの有用微生物研究では、植物に良い働きをする微生物を自然界から探す方法が中心でした。
今回の研究では、実験データと細菌の遺伝情報を組み合わせ、効果が高そうな微生物のチームを予測してから、実験室と畑で確かめました。
つまり、候補を片端から試すだけでなく、データを使って有望な組み合わせを先に絞り込む方法です。
この手法がほかの作物でも使えるようになれば、トウモロコシ、小麦、ダイズなどに適した微生物群集や、乾燥、塩害、病害虫への対応を助ける組み合わせを探す研究にも応用できる可能性があります。
すぐに農業で使えるわけではない
今回の研究では畑でも成長促進が確認されましたが、DMC G2をすぐに農業資材として広く使えるわけではありません。
土壌の性質、地域の気候、栽培品種、もともと土にいる微生物などが変われば、同じ結果になるとは限らないためです。
実用化には、異なる地域や季節、複数のトマト品種で効果が再現されるかを確かめる必要があります。収穫量や果実の品質への影響、微生物が土壌へ与える長期的な影響、安全性、製造や保存の方法も検討しなければなりません。
今回確認されたのは、機械学習によって選んだ微生物の組み合わせが、特定の実験条件と畑の試験でトマトの成長を助けたという結果です。
機械学習が農業を直接行うのではなく、膨大な候補から実験すべき組み合わせを選ぶ手助けをする。
この研究は、植物と微生物の複雑な関係をデータで読み解き、環境の変化に強い農業技術へつなげるための一歩といえます。
