春になると、さまざまな植物がいっせいに花を咲かせます。
でも、植物はどうやって「春が来た」と分かるのでしょうか。
筑波大学、京都大学、岐阜大学の研究チームは2026年8月21日、開花に関わる3つの遺伝子が、それぞれ異なる長さの気温履歴を反映していることを発表しました。
研究チームが調べたのは、日本に自生するワサビとハクサンハタザオです。
短いものは数日間、長いものでは約5カ月前までの気温が、現在の遺伝子の働きと関係していました。
ただし、植物が人間のように気温を思い出しているわけではありません。
ここでいう「記憶」とは、過去に経験した気温の影響が、現在の遺伝子の働きに残っていることを指します。
研究成果をまとめた論文は、8月19日に科学誌『PLOS ONE』で公開されています。
植物はどうやって春を知るの?
植物は、私たちのようにカレンダーを見ることができません。
それでも、春には花を咲かせ、秋や冬には成長を抑えるなど、季節に合わせて活動を変えています。
その手掛かりの一つが、気温です。
ただし、
「今日は暖かいから、もう春だ」
と、一日の気温だけで決めているわけではありません。
冬の途中にも、急に暖かくなる日はあります。もし、その暖かさだけで花を咲かせてしまえば、その後の寒さで花が傷つくかもしれません。
そこで植物は、しばらくの間に経験した気温の変化を受け取りながら、季節が本当に変わったのかを判断していると考えられています。
こうした仕組みは「季節メーター」と呼ばれます。
ワサビとハクサンハタザオを2年間調査
今回の研究では、ワサビとハクサンハタザオが調べられました。
どちらもアブラナ科に属し、何年にもわたって生きる多年生植物です。
研究チームは、自然の中で育つ2種の植物について、開花に関わる遺伝子の働きを2年間にわたって追跡しました。
そして、観測地点の気温データと遺伝子の働きを比べました。
調べたのは、
「現在の遺伝子の働きは、どれくらい前までの気温と関係しているのか」
ということです。
研究チームは、この期間を「熱記憶間隔」と名付けました。英語では「Thermal Memory Interval」、略してTMIと呼ばれます。
たとえば、現在の遺伝子の働きが過去1週間の平均気温と強く対応していれば、その遺伝子は約1週間分の気温を反映していると考えます。
この方法により、植物がどれくらい前までの気温を季節判断に利用しているのかを、数値で比べられるようになりました。
3つの遺伝子は違う長さの気温を反映
今回調べられたのは、「VIN3」「FLC」「FT」という3つの遺伝子です。
少し難しそうな名前ですが、それぞれの役割を簡単に見てみましょう。
VIN3は、植物がある程度の期間、寒さを経験すると働き始める遺伝子です。
FLCは、花を咲かせるのを抑える「ブレーキ」のような役割を持っています。植物が十分な寒さを経験するとFLCの働きが弱まり、春に花を咲かせる準備が進みます。
FTは反対に、開花を進める側の遺伝子です。
この3つの遺伝子は、同じ長さの気温履歴を反映しているわけではありませんでした。
VIN3の熱記憶間隔は比較的短く、ワサビではおもに4~6日、ハクサンハタザオでは1~16日と推定されました。
FLCではもう少し長く、ワサビで13~28日、ハクサンハタザオで43~48日でした。
そしてFTでは、ワサビで104~150日、ハクサンハタザオで約150日でした。
つまり、長いものでは約5カ月前までの気温が、現在の遺伝子の働きと関係していたのです。
植物は一つの期間だけを見ているのではありません。
数日間、数週間、数カ月という長さの異なる気温情報が、遺伝子のネットワーク全体に反映されていると考えられます。
別の年の遺伝子の動きも予測できた
研究チームは、最初の2年間に集めた気温と遺伝子のデータから、遺伝子の働きを予測するモデルも作りました。
そして、モデルを作るときには使っていない別の年の気温データを入力しました。
すると、3つの遺伝子が季節とともに変化するタイミングは、実際に観測された動きとよく一致しました。
どれくらい前までの気温が関係しているのかが分かれば、その年の気温データから、遺伝子の動きをある程度予測できたわけです。
ただし、すべてが正確に再現できたわけではありません。
開花を進めるFTについては、春に働きが強くなるタイミングは予測できましたが、その強さまでは再現できませんでした。
論文では、FTの働きが春に急激に強まる性質と一致する結果だと説明しています。気温だけを使ったモデルでは、そのピークの強さまでは捉えきれませんでした。
暖かい場所へ移すと開花にも変化
研究チームは、ワサビを本来の生育地から、年間の多くの時期で気温が4度以上高かった場所へ移す実験も行いました。
すると、開花が遅れたり、観察期間中に花を咲かせなかったりする個体が確認されました。
植物にとっては、単に「暖かければ早く咲く」とは限らないようです。
冬に十分な寒さを経験することが、春に花を咲かせるための合図になっている植物もあります。
そのため、冬が暖かすぎると、必要な合図をうまく受け取れない場合があるのです。
気候変動による影響を予測できる?
地球温暖化が進むと、平均気温が上がるだけではなく、季節が変化する時期や、気温の上がり下がりも変わる可能性があります。
そのとき、植物の季節メーターはどのように反応するのでしょうか。
今回のように、遺伝子がどれくらい前までの気温を反映しているのかが分かれば、これまでにない気候のもとで、植物の開花時期がどう変わるのかを予測する手掛かりになります。
野生植物だけでなく、農作物への影響を考えるうえでも役立つかもしれません。
ただし、今回詳しく調べられたのは、ワサビとハクサンハタザオという2種の多年生植物です。
すべての植物や農作物が、同じ期間の気温を反映していると分かったわけではありません。
また、熱記憶間隔から分かるのは、過去の気温と現在の遺伝子の働きが、どの期間で最もよく対応するかです。
この方法だけで、気温の影響が遺伝子に残る分子的な仕組みまで説明できるわけではありません。
さらに、FT自体が約5カ月分の気温を保存していると確認されたわけでもありません。上流にある遺伝子の影響が積み重なり、長い期間として表れている可能性もあります。
今後は、さまざまな植物や環境で同じ方法を試していく必要があります。
植物は複数の「時間の窓」で季節を見る
今回の研究では、ワサビとハクサンハタザオの開花に関わる3つの遺伝子が、異なる長さの気温履歴を反映していることが示されました。
最近数日間の気温を反映する遺伝子もあれば、数週間、さらに約5カ月前までの気温と関係する遺伝子もあります。
植物は一日の気温だけを見て、季節を決めているわけではありません。
長さの異なる複数の「時間の窓」を通して気温の変化を受け取ることが、安定した季節判断につながっている可能性があります。
動くことができない植物にとって、花を咲かせる時期を間違えないことは、子孫を残すうえで大切です。
植物は私たちが思っている以上に、過去の環境を手掛かりにしながら、これからの季節に備えているのかもしれません。
