ブラックホールはいつ発見された?「暗い星」の予言から初撮影までの歴史

ブラックホールは、いつ、誰が発見したのでしょうか。

実は、この疑問に一つの年や一人の名前だけで答えることはできません。

ブラックホールは、理論上の予想から始まり、周囲の星やX線の観測、重力波の検出、シャドウの画像化という順に証拠が積み重ねられてきたからです。

その歴史は、18世紀から現代まで約240年にわたります。

今回は、ブラックホールが「予想された天体」から「観測できる天体」になっていった流れを見ていきましょう。

この記事では、ブラックホール発見の歴史について次の点を整理します。

  • ブラックホールに似た考えがいつ生まれたのか
  • 一般相対性理論によって何が変わったのか
  • はくちょう座X-1がなぜ重要だったのか
  • 重力波やEHT画像によって何が観測されたのか
  • 「ブラックホールの発見」を一つの年で答えにくい理由

ブラックホールの仕組みを先に知りたい場合は、「ブラックホールとは?」の基礎解説もあわせてご覧ください。

目次

1783年、「光が届かない星」が考えられた

ブラックホールに似た天体を最初に科学的に考えた人物の一人が、イギリスの自然哲学者ジョン・ミッチェルです。

ミッチェルは1783年、重力が非常に強い星では、光が外へ出られなくなる可能性を示しました。この考えは1784年に王立協会の学術誌へ掲載されています。

地球から宇宙へ飛び出すには、地球の重力を振り切るための速さが必要です。この最低限必要な速さを「脱出速度」と呼びます。

ミッチェルは、星が非常に大きく重ければ、脱出速度が光の速さに達することもあると考えました。そのような星から出た光は遠くまで届かないため、外からは見えません。

この考えは、後世に「暗い星」と呼ばれるようになりました。

さらにミッチェルは、暗い星そのものが見えなくても、その周囲を回る別の星の動きから存在を推測できると考えていました。これは、現在のブラックホール観測にも通じる発想です。

ただし、ミッチェルの暗い星と現代のブラックホールは、同じ理論で説明されるものではありません。

当時はニュートン力学をもとに、光が重力で引き戻されると考えていました。時間や空間そのものがゆがむという考え方は、まだなかったのです。

1915年、一般相対性理論が登場する

ブラックホールの現代的な理論につながったのが、アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論です。

アインシュタインは1915年、重力を単なる物体同士の引力ではなく、質量やエネルギーによって生じる時空のゆがみとして説明しました。

その翌年の1916年、ドイツの物理学者カール・シュヴァルツシルトが、アインシュタインの方程式を満たす特別な解を発見します。

この「シュヴァルツシルト解」は、のちに回転していない球対称なブラックホールを表すものとして理解されるようになりました。現在では、最も基本的なブラックホールを説明する理論として使われています。

ただし、この計算結果がすぐに実在する天体だと受け入れられたわけではありません。

方程式に現れる奇妙な性質は、現実には起こらない数学上の問題ではないかとも考えられていました。

そのため、「アインシュタインがブラックホールを発見した」という説明は正確ではありません。アインシュタインが理論の土台を作り、シュヴァルツシルトなどの研究者がブラックホールへつながる解を見つけたのです。

1939年、重い星がつぶれ続ける可能性が示された

次に問題となったのは、ブラックホールが計算上存在できるだけでなく、実際の宇宙で作られるのかという点でした。

1939年、J・ロバート・オッペンハイマーとハートランド・スナイダーは、十分に重い星が自らの重力で収縮し続ける過程を計算しました。

この研究は、燃料を使い果たした重い星が、重力崩壊によって外部と情報をやり取りできない状態へ近づく可能性を示したものです。

ただし、計算では星を回転や圧力のない単純な球として扱っています。そのため、現実の複雑な星でも同じことが起きるのかは、まだ明確ではありませんでした。

1965年、ブラックホールが理論の確かな予測になる

大きな転機となったのが、イギリスの数学者・物理学者ロジャー・ペンローズの研究です。

ペンローズは1965年、適切な条件で重力崩壊が進むと、完全に球形の星でなくても、一般相対性理論が時空の特異性を予測することを数学的に示しました。

これにより、ブラックホールは「理想的な星だけに現れる特殊な計算結果」ではなく、一般相対性理論から自然に導かれる存在だと考えられるようになります。

この功績により、ペンローズは2020年のノーベル物理学賞の半分を受賞しました。

残る半分は、天の川銀河の中心に超大質量コンパクト天体が存在することを明らかにしたラインハルト・ゲンツェルとアンドレア・ゲズに贈られています。

現在使われている「ブラックホール」という名称も、1960年代に広まりました。誰が最初に使ったかについては複数の説明がありますが、物理学者ジョン・ホイーラーが1960年代後半に普及させたことで知られています。

1964年にX線源を発見、1970年代にブラックホール候補へ

理論が発展する一方で、天文学者は本物のブラックホールが宇宙に存在する証拠を探していました。

重要な手掛かりになったのが、はくちょう座の方向にあるX線源「はくちょう座X-1」です。

1964年、観測装置を載せたロケットによって、はくちょう座X-1から届く強いX線が発見されました。

その後の観測で、ここには目に見える青色超巨星と、直接は見えない重い天体が互いの周囲を回る連星系があることが分かりました。

さらに1970年代初めには、見えない天体の質量が、中性子星として説明するには大きすぎる可能性が示されます。

強いX線は、青色超巨星から流れ出したガスが見えない天体の周囲へ落ち込み、高温になることで生じていると考えられました。

こうして、はくちょう座X-1は最初の有力なブラックホール候補として広く認められるようになりました。

ここで観測されたのは、ブラックホール本体ではありません。

研究者は、目に見える星の動きや周囲のガスが放つX線から、見えない天体の性質を調べたのです。

天の川銀河の中心でも証拠が積み重なった

1990年代以降、ゲンツェルとゲズが率いる研究チームは、それぞれ天の川銀河の中心付近にある星の動きを観測しました。

すると、複数の星が、何も見えない小さな領域の周囲を高速で回っていることが分かりました。

星の軌道から計算すると、その中心には太陽の約400万倍もの質量が狭い範囲に集まっています。

ほかの種類の天体では説明が難しく、超大質量ブラックホールが存在する強い証拠となりました。

この天体が「いて座A*」です。

詳しくは、いて座A*(エースター)の基礎解説で紹介しています。

ブラックホールの存在は、一つの観測方法だけで確かめられてきたわけではありません。時代ごとに、異なる証拠が積み重ねられてきました。

証拠の種類何を観測するのかブラックホールとの関係
星の動き見えない天体の周囲を回る星の軌道中心に大きな質量が集中していることが分かる
X線高温になったガスが出す強いX線見えない重い天体へ物質が落ち込んでいる可能性を示す
重力波ブラックホール同士の合体で生じる時空の波連星ブラックホールの合体を直接調べられる
電波画像ブラックホール周囲の高温ガスとシャドウ事象の地平面に近いスケールの構造を画像化できる

2015年、ブラックホールの合体を重力波で捉えた

2015年9月14日、アメリカの重力波観測装置LIGOが、二つのブラックホールの合体によって生じた重力波「GW150914」を観測しました。

重力波は、重い天体が激しく動いたときに、時空のゆがみが波となって伝わる現象です。

観測された信号は、二つのブラックホールが互いの周囲を回りながら近づき、合体するという一般相対性理論の予測と一致しました。

これは重力波の初の直接検出であると同時に、連星ブラックホールの合体を初めて観測した出来事でもあります。

ブラックホールの存在だけでなく、その合体まで時空の波を通して調べられるようになったのです。

2019年、ブラックホールのシャドウが画像になった

2019年、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)は、銀河M87の中心にある超大質量ブラックホール「M87*」の画像を公開しました。

世界各地の電波望遠鏡を連携させ、地球ほどの大きさを持つ一つの仮想的な望遠鏡として観測した成果です。

ただし、画像に写っているのは、ブラックホール本体や事象の地平面そのものではありません。

明るいリングは、ブラックホールの周囲にある高温のガスが放つ電波です。その中央にある暗い領域が、光の進路が強い重力で曲げられたり、ブラックホールへ取り込まれたりして生じる「シャドウ」です。

これは、ブラックホールの事象の地平面に近いスケールの構造を画像として捉えた、初めての成果でした。

2022年には、天の川銀河の中心にあるいて座A*の画像も公開されています。

結局、ブラックホールが発見されたのはいつ?

「発見」を何と考えるかによって、答えは変わります。

発見の意味主な出来事
光の届かない天体を予想した1783年のジョン・ミッチェル
現代的な理論の基礎ができた1915年の一般相対性理論と1916年のシュヴァルツシルト解
重い星が崩壊する可能性が示された1939年のオッペンハイマーとスナイダーの研究
ブラックホール形成が理論の確かな予測になった1965年のペンローズの研究
実在する有力な候補が見つかった1960年代から1970年代のはくちょう座X-1の観測
合体するブラックホールを捉えた2015年の重力波GW150914
ブラックホールのシャドウを画像化した2019年のM87*

ブラックホールの発見は、一度きりの出来事ではありません。

理論による予想、周囲の星やX線を使った観測、重力波、シャドウの画像化という異なる証拠が積み重なった結果なのです。

まとめ

ブラックホールに似た天体の可能性は、18世紀にはすでに考えられていました。

20世紀には一般相対性理論と重力崩壊の研究が進み、ブラックホールが実際に作られうることが示されます。

その後、はくちょう座X-1や銀河中心の星の観測によって、宇宙に実在する証拠が集まりました。

現在では、ブラックホール同士の合体を重力波で捉え、周囲に生じるシャドウを画像化することもできます。

ブラックホールの歴史は、直接見えないものでも、その影響を調べることで存在を確かめられるという、科学の歩みでもあるのです。

情報源・参考資料

  • Royal Society:John Michellによる「暗い星」に関する論文
  • Nobel Prize:2020年ノーベル物理学賞発表資料
  • NASA:Cygnus X-1関連資料
  • LIGO:GW150914関連発表
  • Event Horizon Telescope:M87*画像公開、いて座A*画像公開

ブラックホールの歴史だけでなく、仕組みや観測方法を図解でさらに知りたい場合は、入門書をあわせて読むと理解しやすくなります。

ブラックホールについてもっと深く知りたい方はこちらがおすすめ

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