夜空に帯のように見える天の川は、私たちの太陽系が属している銀河です。
その中心には、太陽の約400万倍もの質量を持つ巨大なブラックホールが存在します。
その天体が、いて座A*(いてざエースター)です。
いて座A*は、地球から約2万7000光年離れた、いて座の方向にあります。ブラックホール本体からは光が届かないため、普通の望遠鏡でその姿を見ることはできません。
それでは、見えないはずのブラックホールが、なぜ天の川銀河の中心にあると分かったのでしょうか。
この記事では、いて座A*について次の点を整理します。
- いて座A*とは何か
- なぜ「星」ではなく電波源の名前なのか
- どうやって巨大ブラックホールだと分かったのか
- 2022年に公開された画像は何を写しているのか
- いて座A*の研究から何が分かるのか
いて座A*は星ではなく電波源の名前
「いて座A*」という名前を見ると、いて座にある星の名前だと思うかもしれません。
しかし、いて座A*は恒星ではありません。
天の川銀河の中心付近には、「いて座A」と呼ばれる強い電波を出す領域があります。いて座A*は、もともとその中にある非常にコンパクトな電波源につけられた名前です。
「*」は星の種類を表す記号ではありません。この記号を英語で「スター」と読むため、日本語では「いて座Aスター」と呼ばれています。
いて座A*は1974年にコンパクトな電波源として発見されました。当時は正体まで分かっていませんでしたが、現在は、その位置にある超大質量ブラックホールを指す名称として広く使われています。
太陽の約400万倍の質量を持つ巨大ブラックホール
いて座A*は、銀河の中心にある「超大質量ブラックホール」に分類されます。
その質量は、太陽のおよそ400万倍と見積もられています。
多くの銀河の中心には、このような巨大ブラックホールが存在すると考えられています。いて座A*は、私たちが暮らす天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールなのです。
周囲の星の動きから正体が分かった
ブラックホールそのものを見ることができなくても、その重力が周囲に与える影響は観測できます。
いて座A*の正体を知るうえで重要な手掛かりになったのが、銀河中心付近を動く星です。
天文学者が長年にわたって観測したところ、複数の星が、何も見えない一点を中心に高速で回っていることが分かりました。
特に詳しく調べられたのが、「S2」と呼ばれる星です。
S2は約16年かけて、いて座A*の周囲を一周します。その軌道を詳しく測定すると、非常に狭い範囲に太陽の約400万倍もの質量が集中していることが分かりました。
これほど重く、光を出さず、狭い範囲に収まる天体として、観測結果を最もよく説明できるのが巨大ブラックホールです。
いて座A*の周囲を回る星の研究を進めたラインハルト・ゲンツェル氏とアンドレア・ゲズ氏は、2020年のノーベル物理学賞を受賞しました。受賞理由は、天の川銀河の中心にある「超大質量でコンパクトな天体」の発見です。
いて座A*は、複数の観測方法を組み合わせることで正体が確かめられてきました。
| 観測方法 | 何を見るのか | 分かること |
|---|---|---|
| 星の軌道観測 | S2など、銀河中心を回る星の動き | 見えない中心天体の質量や位置 |
| 電波観測 | いて座A*から出る電波 | 非常に小さく明るい電波源の存在 |
| EHT観測 | ブラックホール周辺の電波画像 | リング状の構造とシャドウ |
| 赤外線観測 | 銀河中心の星やガス | ちりに隠れた中心領域の様子 |
| X線観測 | 高温ガスや活動の変化 | ブラックホール周辺の一時的な活動 |
2022年に「いて座A*の画像」が公開された
星の軌道から強力な証拠が得られても、ブラックホールのすぐ近くがどのように見えるのかは、長い間分かっていませんでした。
大きな進展があったのは2022年です。
国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」は、いて座A*の周囲を捉えた画像を公開しました。
EHTは、世界各地にある電波望遠鏡を連携させ、地球ほどの大きさを持つ一つの望遠鏡のように機能させる観測プロジェクトです。
画像には、明るいリング状の構造と、その中心にある暗い領域が写っていました。
ただし、これはブラックホール本体を黒い球として撮影した写真ではありません。
明るいリングは、ブラックホールの近くにある高温のガスが放つ電波を捉えたものです。
中心の暗い部分は、光がブラックホールに取り込まれたり、強い重力によって光の進路が曲げられたりすることで生じる「シャドウ」と呼ばれる領域です。
シャドウは、光さえ戻れなくなる境界である「事象の地平面」そのものでもありません。ブラックホールの重力によって曲げられた光の影響を含むため、事象の地平面より大きく見えます。
ブラックホールの「事象の地平面」や「シャドウ」の違いについては、関連記事「ブラックホールとは?光も脱出できない天体の仕組みをわかりやすく解説」で詳しく紹介しています。
つまり、2022年の画像は、ブラックホールの周囲にある光と中央の影から、その存在を画像として確かめたものなのです。
近くにあるのに撮影が難しかった理由
いて座A*は、ほかの銀河にある巨大ブラックホールと比べると地球に近い天体です。
それでも、撮影は簡単ではありませんでした。
天の川銀河の中心方向には、たくさんのガスやちりがあります。可視光では奥まで見通しにくいため、研究者は電波や赤外線、X線などを使って観測しています。
さらに、いて座A*は、EHTが2019年に画像を公開したM87銀河の巨大ブラックホールよりも質量が小さく、その周囲のガスが短い時間で変化します。
長い時間をかけて観測している間にも明るさや構造が変わるため、静止した天体を撮影する場合より画像化が難しかったのです。
EHTは2017年に取得したデータを詳しく解析し、複数の画像からいて座A*の代表的な姿を導き出しました。
いて座A*は現在も観測が続いている
いて座A*の研究は、2022年の画像公開で終わったわけではありません。
周囲を回る星を詳しく追跡すれば、ブラックホールの質量だけでなく、空間や時間が強い重力によってどのように変化するのかも調べられます。
2026年には、いて座A*のすぐ近くを約8.7年で一周する「S301」という星も報告されました。
S301の軌道を長期間観測することで、いて座A*の自転を直接調べられる可能性があります。ただし、現時点で自転の測定が完了したわけではありません。
S301がどれほど速く、なぜその軌道からブラックホールの自転を調べられるのかは、銀河系最速の恒星「S301」の解説記事で詳しく紹介しています。
いて座A*から何が分かる?
いて座A*は、私たちが暮らす天の川銀河の中心にあるため、ほかの銀河の巨大ブラックホールより詳しく観測できます。
周囲の星の軌道を測れば、非常に強い重力のもとで一般相対性理論が成り立つかを検証できます。
ブラックホール近くのガスや磁場を観測すれば、物質がブラックホールへ落ちていく仕組みを調べる手掛かりにもなります。
また、巨大ブラックホールがどのように成長し、銀河とどのように関わってきたのかを理解するうえでも、重要な観測対象です。
一方で、いて座A*については、まだ詳しく調べられていることも多くあります。
| 観点 | 分かってきたこと | まだ調べられていること |
|---|---|---|
| 質量 | 太陽の約400万倍の質量を持つ | より精密な質量や距離の測定 |
| 位置 | 天の川銀河の中心にある | 周囲の星団やガスとの関係 |
| 周囲の星 | S2などが高速で周回している | S301などを使った自転の検証 |
| 画像 | EHTでリング状構造とシャドウが示された | 時間変化や磁場構造の詳しい理解 |
| 成長史 | 現在は比較的おとなしい巨大ブラックホール | 過去にどの程度活動していたのか |
いて座A*は、天の川銀河の中心にあるというだけではありません。
巨大ブラックホールと強い重力を調べるうえで、特に重要な観測対象なのです。
まとめ
いて座A*は、地球から約2万7000光年離れた天の川銀河の中心にある、太陽の約400万倍の質量を持つ巨大ブラックホールです。
その存在は、周囲を回る星の軌道から確かめられてきました。2022年にはEHTによって、ブラックホールの周囲にある明るいリングと、中央のシャドウも画像化されています。
現在もS2やS301などの星の観測が続いており、強い重力の性質やブラックホールの自転を調べる研究が進められています。
私たちが暮らす銀河の中心には、ブラックホール研究の最前線となる天体が存在しているのです。
