欧州宇宙機関(ESA)は2026年9月7日、日本と欧州が共同で進める水星探査計画「ベピコロンボ」で、電気推進モジュール(MTM)の分離に成功したと発表しました。
分離が行われたのは9月3日です。地球から2億km以上離れた場所で実施され、ESAの管制チームは同日15時49分(中央ヨーロッパ夏時間)に探査機からの信号を受信しました。
分離後の探査機に異常はなく、ESAによると各システムは正常に動作しています。
ただし、ベピコロンボがすでに水星を回り始めたわけではありません。
今回の分離は、11月に予定されている水星周回軌道への投入へ向けた、重要な第一歩です。
ベピコロンボは2機で水星を調べる探査計画
ベピコロンボは、ESAと宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で進めている水星探査計画です。
2018年10月に打ち上げられ、約8年間かけて水星へ向かってきました。
ベピコロンボには、次の2機の探査機が含まれています。
ESAが開発した「MPO」は、水星の表面や地形、鉱物、内部構造、重力場などを調べます。
一方、JAXAが開発した水星磁気圏探査機「みお」は、水星の磁場、プラズマ、希薄な大気、周囲を飛ぶちりなどを観測します。
これまではMPOと「みお」、さらに「みお」を太陽の熱から守る装置などが結合され、一つの大きな探査機として移動していました。
この探査機を水星の近くまで運ぶ役割を担ったのが、今回分離されたMTMです。
分離されたMTMは水星まで運ぶ「輸送役」
MTMは、地球から水星の近くまでベピコロンボを運ぶためのモジュールです。
大きさは小型自動車ほどで、長さ15mの太陽電池翼を2枚備えていました。
太陽電池で作った電気を使い、キセノンガスをプラズマと呼ばれる状態に変えて、4基のイオンスラスターから噴き出します。
化学燃料を使う一般的なロケットエンジンと比べると、イオンスラスターが生み出す力は小さなものです。
その代わり、燃料をあまり使わず、数日から数カ月にわたって連続的に探査機を加速できます。
MTMの太陽電気推進システムは、2026年6月15日に恒久的に停止されました。その後、軌道や探査機の状態を整え、9月3日の分離を迎えました。
分離されたMTMは、アンテナや専用のコンピューターを持っていません。自力で通信や制御を行えないため、今後は動作を停止した状態で太陽の周りを回り続けます。
水星は近いのに、なぜ8年もかかった?
水星は太陽に最も近い惑星です。
地球から見ても木星や土星ほど遠くありません。それでも、ベピコロンボは水星へ到達するまでに約8年を必要としました。
理由は、単純に飛行距離が長いからではありません。
探査機が太陽へ近づくと、太陽の重力によって速度が上がります。速度が高すぎるまま水星へ近づくと、水星の重力に捕まらず、そのまま通過してしまいます。
そのため、ベピコロンボは惑星の重力を利用して進む方向や速度を変える「スイングバイ」を繰り返しました。
地球で1回、金星で2回、水星で6回、合計9回のスイングバイを行っています。
惑星へ接近できる時期を待ちながら太陽の周囲を何度も回ったため、移動距離の合計は約99億kmに達しました。
これは地球から水星までの直線距離ではなく、約8年間に探査機が実際に進んだ経路の合計です。
分離成功は「水星到着」ではない
MTMを分離した時点で、ベピコロンボは水星からまだ300万km以上離れていました。
これからは、MPOに搭載された化学推進システムを使って軌道を細かく調整します。
現在の計画では、2026年11月21日に水星の周回軌道へ入る予定です。
その後、12月9日から10日にかけて、MPOからJAXAの「みお」が分離されます。MPOも高度を調整し、2027年3月に最終的な観測軌道へ入ります。
2機による本格的な科学観測の開始は、2027年4月の予定です。
これらの日程は現時点の予定で、探査機の状態や運用上の判断によって変更される可能性があります。
2機で同時に観測する意味
ベピコロンボ以前に水星を訪れた探査機は、NASAの「マリナー10号」と「メッセンジャー」の2機だけでした。
このうち、水星の周回軌道へ入ったのはメッセンジャーだけです。
ベピコロンボでは、MPOと「みお」という2機の探査機が、異なる軌道から水星を同時に観測します。
「みお」は、おもに水星周辺の磁場や太陽風の変化を調べます。
MPOは、水星の表面や内部構造に加えて、水星そのものが作る磁場も観測します。
水星周辺の磁場は、惑星内部の働きだけでなく、太陽から流れてくる粒子である太陽風の影響によっても変化します。
1機だけの観測では、磁場の変化が水星側で起きたものなのか、太陽風によるものなのかを判断しにくい場合があります。
離れた2地点から同時に観測することで、水星そのものが持つ磁場と、周囲の宇宙環境による変化を区別しやすくなります。
これは、水星の内部構造や、太陽風と惑星の磁場がどのように影響し合うのかを調べるうえで大きな利点です。
約8年の旅は最終段階へ
今回分離されたMTMは、2018年の打ち上げから約8年間にわたり、MPOと「みお」を水星の近くまで運びました。
しかし、今回成功したのは水星到着までの一工程です。
今後は水星周回軌道への投入、「みお」の分離、MPOの軌道調整、観測機器の確認が続きます。
これらの工程が予定どおり進めば、2027年4月から2機による本格的な水星観測が始まります。
太陽に最も近く、これまで詳しい観測が限られてきた水星を、2機の探査機で同時に調べる計画が、いよいよ最終段階へ入りました。
