「原子番号ゼロ」を探る研究 中性子だけの原子核は存在できる?

「原子番号ゼロ」と聞くと、「新しい元素が見つかったの?」と思うかもしれません。

でも、今回の研究はそういう話ではありません。

理化学研究所(理研)などでは、陽子をほとんど、あるいはまったく含まず、中性子をたくさん持つ特殊な原子核を調べています。

2026年5月には、理研と韓国基礎科学研究院(IBS)、東北大学、ドイツ・ダルムシュタット工科大学などが参加する国際共同実験も行われました。

では、「原子番号ゼロ」とはいったい何なのでしょうか。

まずは、原子番号の意味から見ていきましょう。

この記事では、「原子番号ゼロ」と呼ばれる研究について、次の点を整理します。

  • 原子番号とは何か
  • なぜ「ゼロ」という表現が出てくるのか
  • 陽子を持たない原子核とはどういうものか
  • 中性子だけの集まりは安定して存在できるのか
  • この研究が原子核物理や中性子星の理解とどう関係するのか
目次

そもそも「原子番号」って何?

水素の原子番号は1、ヘリウムは2、炭素は6。

学校で見たことがある数字かもしれません。

この原子番号は、実は単なる整理番号ではありません。

原子核の中にある陽子の数を表しています。

たとえば、

  • 陽子が1個なら水素
  • 陽子が2個ならヘリウム
  • 陽子が6個なら炭素

というように、陽子の数が変わると元素の種類も変わります。

では、陽子が0個だったらどうなるのでしょうか。

陽子が一つもなく、中性子だけが集まっている状態なら、陽子の数は0です。

そのため、こうした特殊な原子核は、いわば「原子番号ゼロ」と呼ぶことができます。

ただし、ここで大切なのは、原子番号0の新元素が見つかったわけではないということです。

普通の原子は、陽子を含む原子核と、そのまわりにある電子からできています。

陽子が一つもない多中性子核は、私たちが普段イメージする元素とは少し違う存在なのです。

ちなみに、「原子番号0」という考え方には長い歴史があります。1926年には、原子番号0の仮想的な元素として「ニュートロニウム」という名前が提案されました。

ただし、現在の周期表にニュートロニウムという正式な元素があるわけではありません。また、今回研究されているテトラ中性子などを、そのままニュートロニウムと呼ぶわけでもありません。

比較普通の原子核原子番号ゼロの候補
含まれる粒子陽子と中性子中性子のみ
原子番号陽子の数で決まる陽子がないため0と考えられる
電荷陽子があるため正の電荷を持つ電気的に中性
元素としての扱い周期表上の元素に対応する通常の元素とは異なる特殊な原子核候補
主な関心元素の性質や原子核構造中性子だけで束縛状態や共鳴状態を作れるか

中性子だけで集まることはできる?

中性子は、陽子といっしょに原子核を作っている粒子です。

私たちの身の回りにある原子核の中では、ごく普通に存在しています。

ところが、中性子を原子核の外に一つだけ取り出すと、ずっとそのままでいることはできません。

自由な中性子は、平均すると約15分で崩壊します。

また、中性子を2個集めても、それだけでは安定した原子核にはなれないことが知られています。

そこで研究者たちは、こんな疑問を持ちました。

「では、中性子をもっとたくさん集めたら、ほんの短い時間でもまとまることができるのだろうか?」

この疑問を調べるために研究されているものの一つが、中性子4個からなる「テトラ中性子」です。

4個の中性子「テトラ中性子」

2022年、理研などの国際共同研究グループは、テトラ中性子について重要な観測結果を発表しました。

実験に使われたのは、「ヘリウム8」という少し特殊な原子核です。

普通のヘリウムよりも中性子を多く持っていて、陽子2個と中性子6個でできています。

研究チームは、このヘリウム8から陽子2個と中性子2個を含むヘリウム4を取り除き、残った4個の中性子がどうなるのかを調べました。

すると、4個の中性子がほんの一瞬だけまとまっている状態と考えられる特徴が観測されました。

この状態は「共鳴状態」と呼ばれます。

ここでいう共鳴状態とは、4個の中性子が長く安定して存在するという意味ではありません。

完全にばらばらになる前に、非常に短い時間だけ「まとまった状態のように振る舞う」ものだと考えると分かりやすいでしょう。

ただし、これは4個の中性子からなる安定した原子核ができた、という意味ではありません。

観測された状態の寿命は、およそ

3.8×10⁻²²秒

とされています。

数字だけ見ると分かりにくいですが、ほとんど「一瞬」といってよいほど短い時間です。

それでも、中性子だけがどのように関わり合うのかを調べるうえでは、とても重要な手掛かりになります。

どうしてそんな特殊な原子核を調べるの?

ここで、

「そんなに短い時間しか存在しないものを調べて、何の役に立つの?」

と思うかもしれません。

この研究の大きな目的は、原子核がどうしてまとまっていられるのかを知ることです。

原子核の中では、陽子と中性子が「核力」と呼ばれる強い力で結びついています。

私たちの身の回りにある普通の原子核だけを調べていても、この核力のすべてを理解できるわけではありません。

そこで研究者たちは、中性子が極端に多い原子核や、中性子だけでできた特殊な状態を調べます。

いわば、原子核が存在できるギリギリの条件を試しているわけです。

極端な状態を調べることで、普段は見えにくい物理法則の性質が分かることがあります。

宇宙の「中性子星」とも関係している

この研究は、宇宙の研究ともつながっています。

その一つが「中性子星」です。

中性子星は、とても重い恒星が一生を終えたあとなどにできる、非常に密度の高い天体です。

内部には、大量の中性子が存在すると考えられています。

もちろん、実験室で扱う数個の中性子と、中性子星そのものはまったく同じではありません。

それでも、

「中性子同士はどのような力で影響し合うのか」

を詳しく知ることは、中性子星の内部を理解するための手掛かりになります。

とても小さな原子核の研究が、宇宙にある巨大な天体の理解にもつながっているのです。

2026年には「6個の中性子」も探索

研究は、4個の中性子だけで終わりません。

2026年5月に行われた国際共同実験では、韓国IBSから理研へ移された中性子検出器「LAMPS-NDA」も使われました。

これを理研の既存の装置と組み合わせることで、一度に複数の中性子を捉える能力を高めています。

そして研究チームは、4個の中性子からなるテトラ中性子だけでなく、6個の中性子からなる「ヘキサ中性子」の探索にも挑戦しています。

6個の中性子だけからなる状態が存在するのか。

これは、まだ簡単に答えが出ている問題ではありません。

なお、2026年8月19日に理研が発表したのは、新しい「原子番号ゼロ」の原子核を発見したというニュースではありません。

現在進んでいる研究や、2026年5月に行われた実験を紹介したものです。

これから実験データの解析が進み、どのような結果が出てくるのかが注目されます。

「原子番号ゼロ」は原子核の限界を探る研究

「原子番号ゼロ」という言葉は、少し不思議に聞こえます。

でも、その研究が目指しているのは、新しい元素を増やすことではありません。

研究者たちが知りたいのは、

原子核は、どこまで特殊な形でも存在できるのか。

陽子と中性子を結びつける力は、どのように働いているのか。

という、物質の成り立ちに関わる基本的な問題です。

2022年には、4個の中性子からなるテトラ中性子について重要な観測結果が得られました。

そして2026年には、さらに6個の中性子からなる状態など、もっと極端な原子核を探す研究も進んでいます。

私たちの身の回りにある「普通の物質」が、なぜ今のような姿で存在できるのか。

その仕組みを理解するために、研究者たちはあえて「普通ではない原子核」を調べているのです。

情報源・参考資料

  • 理化学研究所「『原子番号ゼロ』を探せ――韓国と連携で拓く中性子過剰の世界」(2026年8月19日)
  • 理化学研究所「4個の中性子だけでできた原子核を観測」(2022年6月23日)
  • Nature「Observation of a correlated free four-neutron system」(2022年)

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