2026年8月20日、東北大学などの研究グループは、光を集める「分子アンテナ」と、光で形を切り替えるアゾベンゼンを組み合わせ、高感度な光スイッチ分子を開発したと発表しました。
分子アンテナが可視光を効率よく吸収し、そのエネルギーをアゾベンゼンへ渡すことで、光スイッチを高感度に動作させます。
さらに今回の分子は、高い光感度と、切り替え後の状態の安定性を両立したことが特徴です。
研究成果は2026年8月19日付で、米国化学会の学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。
そもそも「光スイッチ」とは?

今回の研究でいう光スイッチとは、光を当てることで分子の形や性質を切り替える仕組みです。
代表的な光スイッチ分子の一つが「アゾベンゼン」です。
アゾベンゼンには主に「トランス型」と「シス型」という2つの形があり、光を当てることで一方からもう一方へ変化させることができます。
分子の形が変わると、
- 色
- 表面の性質
- 化学反応の起こりやすさ
- ほかの分子との結びつき方
などを変えられる場合があります。
このため、光を使って性質を切り替えられる「スマート材料」などへの利用が研究されています。
光スイッチには「光を効率よく使う」課題がある
分子には、それぞれ吸収しやすい光の波長があります。
使いたい光を十分に吸収できなければ、光スイッチを効率よく動かすことはできません。
特に材料の内部や生体内では、光が散乱したり吸収されたりして弱くなります。
そこで研究グループは、光スイッチ自身だけに光を受け取らせるのではなく、光を集める専用の分子を組み合わせる方法を使いました。
それが「分子アンテナ」です。
「分子アンテナ」が光を集める
分子アンテナは、特定の波長の光を吸収し、そのエネルギーを別の分子へ渡す役割を持ちます。
今回の仕組みを簡単にすると、
可視光
↓
分子アンテナが吸収
↓
エネルギーをアゾベンゼンへ渡す
↓
アゾベンゼンの形が切り替わる
という流れです。
アゾベンゼンが直接うまく吸収できない光でも、アンテナ役の分子が先に受け取り、エネルギーを届けるわけです。
こうした考え方は、植物の光合成にも少し似ています。
植物では、複数の色素が光エネルギーを集め、それを反応中心へ届けています。
今回の研究でも、「光を集める役割」と「実際に形を変える役割」を分けることで、光を効率よく利用しています。
トップクラスの可視光感度を実現
研究グループは、分子アンテナを組み込んだアゾベンゼン誘導体を開発しました。
分子アンテナが可視光を吸収し、そのエネルギーをアゾベンゼンへ移すことで、構造変化を起こします。
その結果、今回の分子は、これまで報告されているアゾベンゼン系光スイッチの中でもトップクラスの可視光感度を示しました。
特に450ナノメートル以上の波長領域では、今回開発した分子群が高い光感度を示しました。
高感度だけでなく「状態の安定性」も両立
光スイッチでは、光に反応しやすいだけでは十分ではありません。
ONからOFFへ切り替えても、すぐ元の状態へ戻ってしまうと使いにくくなります。
これまでアゾベンゼン系の光スイッチでは、可視光への感度を高めると、切り替え後の状態が熱で元へ戻りやすくなることが課題の一つでした。
今回の分子では、光を受け取る役割を分子アンテナに持たせることで、高い可視光感度と、切り替え後の状態の熱的な安定性を両立しました。
なぜ可視光が重要なの?
光化学反応には紫外線が使われることもあります。
ただし、紫外線は可視光よりエネルギーが高く、用途によっては材料や生体への影響を考える必要があります。
そのため、スマート材料や医療への応用を考える場合、より扱いやすい可視光を利用できることには利点があります。
また、材料内部や生体内では光が弱くなるため、減衰した可視光でも効率よく利用できる仕組みが重要になります。
今回の研究は、より長波長の可視光を高感度に利用する光スイッチの設計につながる成果といえます。
スマート材料や光医療への応用に期待
今回の分子設計は、光で性質を変える「スマート材料」への応用が期待されています。
たとえば、光を当てた場所だけ表面の性質を変えたり、別の分子を放出したりする材料です。
医療分野では、光によって薬の働く場所や時間を制御する研究も進められています。
将来的には、病変部分へ光を当てたときだけ薬を働かせる、といった使い方も考えられています。
ただし、今回開発された分子がそのまま医薬品として利用できるわけではありません。
実際の医療応用には、安全性や生体内での安定性、光がどこまで届くかなど、さらに多くの検証が必要です。

今回の研究で何が新しい?
光スイッチや、別の分子から光エネルギーを受け渡す仕組み自体は、以前から研究されてきました。
今回の特徴は、分子アンテナをアゾベンゼン光スイッチへ組み込み、高い可視光感度と熱的な安定性を両立したことです。
光スイッチ自身を無理に光へ反応しやすくするのではなく、
「光を集める専門の分子を組み合わせる」
ことで性能を高めました。
この設計の考え方は、アゾベンゼン以外の光応答分子にも応用できる可能性があります。
まとめ
東北大学とドイツ・ハインリヒ・ハイネ大学デュッセルドルフの研究グループは、光を集める「分子アンテナ」とアゾベンゼンを組み合わせた新しい光スイッチ分子を開発しました。
分子アンテナが可視光を効率よく集め、そのエネルギーをアゾベンゼンへ渡すことで、既報のアゾベンゼン系光スイッチの中でもトップクラスの可視光感度を実現しました。
さらに、高感度化と切り替え後の状態の安定性を両立できたことも大きな特徴です。
現時点では基礎研究ですが、光で性質を変えるスマート材料や、光によって薬の働きを制御する技術などにつながる可能性があります。
情報源・参考資料
- 東北大学「分子アンテナにより光スイッチを高感度化 ―スマート材料・光医療への応用に期待―」(2026年8月20日)
- Yuta Chiba et al., Molecular Antennae Enhance Visible-Light Sensitivity of Azobenzene Photoswitches, Journal of the American Chemical Society(2026年)
