2026年8月21日、東北大学と北陸先端科学技術大学院大学の研究グループは、全血由来成分で表面を覆った液体金属ナノ粒子を使い、難治性の三種陰性乳がん(TNBC)を治療する方法をマウスで検証したと発表しました。
このナノ粒子は、血液由来の成分を「隠れ蓑」のように利用することで免疫細胞に取り込まれにくくなり、従来のナノ粒子と比べて腫瘍への集積量が約5倍に増えました。
さらに、近赤外線で腫瘍を加熱する「光熱療法」に加え、がんが免疫を抑える仕組みを弱める方法と、自然免疫を活性化する方法を組み合わせています。
今回の治療を受けたマウス群では、原発腫瘍が全例で完全に消退し、肺にできた転移結節数も対照群と比べて90%以上減少しました。
ただし、これはマウスを使った前臨床研究です。人での安全性や治療効果が確認されたわけではありません。
三種陰性乳がんとは?
乳がんにはいくつかの種類があります。
その中でも三種陰性乳がん(TNBC)は、
- エストロゲン受容体
- プロゲステロン受容体
- HER2
という、治療の標的になりやすい3つの分子を持たないタイプです。
そのため、これらを標的にした治療薬が使いにくく、転移しやすいこともあって、治療が難しい乳がんの一つとされています。
研究グループによると、TNBCは乳がん全体の約15〜20%を占めます。
また、がんの周囲には免疫の働きを抑える環境が作られることがあり、これも治療を難しくする要因です。
がんが免疫を抑える仕組み
私たちの免疫には、がん細胞などの異常な細胞を攻撃する働きがあります。
一方で、免疫が強く働きすぎないように抑える仕組みもあります。その役割を持つ細胞の一つが「制御性T細胞(Treg)」です。
Tregは本来、過剰な免疫反応を防ぐ大切な細胞ですが、腫瘍の中に多く集まると、がんを攻撃する免疫細胞まで抑えてしまうことがあります。
今回の研究では、このTregを腫瘍内から減らすことも治療の柱にしました。
全血由来成分でナノ粒子をカモフラージュ
今回開発されたのは「B-LM-DMX-αCD25」と呼ばれるナノ粒子です。
中心には、ガリウムとインジウムからなる液体金属が使われています。
液体金属は近赤外線を吸収すると熱へ変換できるため、がん細胞を加熱して破壊する「光熱療法」に利用できます。
ただし、ナノ粒子をそのまま体内へ入れると、マクロファージなどの免疫細胞に取り込まれ、血中から早く排除されることがあります。
そこで研究グループは、粒子の表面を全血由来成分で被覆しました。
これによって免疫細胞に取り込まれにくくなり、血中でより長く循環しやすくなりました。実験では、従来の合成高分子で覆った粒子と比べて、腫瘍への集積量が約5倍に増えています。
3つの仕組みを組み合わせる
今回のナノ粒子は、単に腫瘍を加熱するだけではありません。
まず、粒子表面に付けた「抗CD25抗体」によって腫瘍内のTregを狙います。研究では、Tregの数が80%以上減少しました。
次に、808ナノメートルの近赤外線レーザーを照射します。
すると液体金属が熱を発生させ、腫瘍の温度は5分以内に58℃まで上昇しました。がん細胞が熱で壊れると、がん細胞由来の物質が周囲へ放出され、免疫細胞ががんを認識しやすくなります。
さらに粒子には「STINGアゴニスト」と呼ばれる物質も組み込まれています。
レーザー照射によってこの物質が放出され、自然免疫に関わるSTING経路を活性化します。
つまり今回の方法では、
免疫の抑制を弱める → 熱でがん細胞を壊す → 免疫反応をさらに活性化する
という3つの作用を、一つのナノ粒子で組み合わせています。
マウス群では原発腫瘍が全例で完全消退
研究グループは、三種陰性乳がんのマウスモデルで治療効果を調べました。
その結果、今回のナノ粒子と近赤外線レーザーを組み合わせたマウス群では、原発腫瘍が全例で完全に消退しました。
さらに肺転移モデルでは、肺にできた転移結節数が対照群と比べて90%以上減少しました。中央生存期間も70日を超えています。
免疫細胞を調べると、腫瘍内のCD3陽性T細胞は13倍以上、樹状細胞は約11倍に増えており、抗腫瘍免疫が活性化していることも確認されました。
なぜ離れた肺の転移にも影響した?
近赤外線レーザーを照射するのは、基本的には原発腫瘍です。
それでも肺の転移結節数が大きく減少した点は、今回の研究で注目される部分です。
研究チームは、腫瘍を加熱して壊すことでがん由来の抗原が放出され、さらにSTING経路などが活性化した結果、局所的な治療が全身の抗腫瘍免疫につながった可能性があると考えています。
レーザーを当てた部分だけではなく、免疫系を通じて離れたがん細胞にも影響した可能性があるということです。
人への治療にはまだ課題がある
今回の結果は、マウスモデルでは大きな治療効果を示しました。
しかし、人でも同じ効果が得られるとは限りません。
実際の治療へ進むには、液体金属が体内でどのように分解・排出されるのか、長期間残らないか、繰り返し投与した場合に問題がないかなどを詳しく調べる必要があります。
また、近赤外線は体の深い場所までは届きにくいため、深部にある腫瘍へどのように光を届けるかも課題です。
研究グループは今後、他の固形がんへの応用や、より深部へ光を届ける方法、長期的な安全性の検証などを進める予定です。
まとめ
東北大学などの研究グループは、液体金属ナノ粒子を全血由来成分で覆い、免疫細胞に取り込まれにくくする治療用ナノ粒子を開発しました。
腫瘍への集積量を約5倍に高めたうえで、Tregの減少、近赤外線による光熱療法、STING経路の活性化を組み合わせています。
三種陰性乳がんのマウスモデルでは、今回の治療を受けた群で原発腫瘍が全例で完全消退し、肺の転移結節数も90%以上減少しました。
一方で、現時点ではマウスを使った前臨床研究です。
人の治療へ応用するには、安全性や体内での挙動、深部腫瘍への光の照射方法など、さらに多くの検証が必要です。
情報源・参考資料
- 東北大学・北陸先端科学技術大学院大学「血液を『隠れ蓑』に使うナノ粒子で、最も治療困難な乳がんに挑む」(2026年8月21日)
- Nina Sang, Eijiro Miyako, Blood Cell-Camouflaged Liquid Metal Nanoconjugates Orchestrate Treg Depletion and STING-Amplified Photothermal Immunity for Metastatic Triple-Negative Breast Cancer Therapy, Advanced Science(2026年)
- DOI:
10.1002/advs.77069
